5人これから

こんな子育て、こんな家族がありますいう話。

こういうのを世のなかでは「あほ」というのだろうか

登校渋りと不登校
いまでは珍しくなくなって「またそれか」って反応もちらほら。
はい!
またなんです。

 

大学に行けなくなった娘

大学に行けなくなったむすめについて母親の気持ちと娘の様子を少し。

うちの子どもたちは、幼稚園、小学校、中学校と登校渋りや不登校*1を何度も繰り返していました。

もし、まただれかが不登校になってもわたしはそんなに揺れない、と心の中でマウンテンしていたのかも。
そうして、またなったとき「不登学?」さんざんやってきててもまたなるのか~

何度なっても、やっぱり揺れ揺れでした(笑)

今までの経験が活きたことといえば、

すぐに説教しないとか

言葉で説明できていなくても追い立てるように理由を問いたださないとか

一応表面上は何ごともなかったように振る舞えるとか

そんな程度

されど、これ大事かもしれないです。

ただし、長持ちしないんですよね。

せいぜい2~3週間そして心の中はずーっと葛藤の嵐

 

感じたことの一つとして、
親にとっては「また行けなくなった」
ですが
今まで何回不登校をしていようと、本人にとっては初めての経験をしているということ。

小中高校時、娘が登校を躊躇…母親からみえた彼女

息子たちは高校から学校を避ける様子はみえませんでした。

じわじわずるずる小学校、中学校、高校生活で、数年置きに繰り返したのは娘だけ。

その不登校や登校渋りについてまとめてみました。
㊟私から見える娘の様子なので娘の感じ方は違うかもしれません。
㊟あくまでも娘、人により違います。

 

小学校

理屈抜きに体が受け付けない

急に初めてのことをする不安

やらされるのが嫌

安心できない場所を拒否

中学校

人の表裏の違いに驚き周囲への怒りや不信感

集団内での疲れを自覚

周りとの噛み合わなさに気付き避ける

身体の変化を受け止めきれない

高校

 

周りの期待に応えたいけど本当の自分は違うという思い

少し頑張れるようになったけれど疲れがあとでまとめてくる

周囲からの疎外感

親への反抗

ぱっと見も、全然違いますよね。
担任も違うし求められることも変わってくるし。
なので、毎回はじめて。

いつもの葛藤 ぐるぐる思考

後からみると、彼女が引っかかっていたことは、成長に必要なことという見方もできるけれど

そのときは、あ~またかぁと、内容の違いに目を向ける余裕はなく

何がいけなかったんだろう、どこにひっかかっているんだろう、何ができるだろうと親としての関わりや娘の性質についていつものぐるぐる思考が始まります。

そして、つい、何年か前のことを思い出し「あんた、また行かないの?」
・・・なんて言ったらその時点でもう彼女の心にシャッター。


わたしは、そうは言わなかったけど

「どうするつもりなの?」

と何度も話し合おうとして、見事にスルーされ続けました。

 

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大学に行けなくなったのは、なんでだろう

少し話をする人はいたようですが、友達はできなかったみたい。

サークル見学は行ったが結局入らなかった。

出席、遅刻、欠席が個人に任されていて自分を管理をできなかった。

こんなかんじで、理由はいくつでも上げられそう。

5月末までは行っていたんです。

そのころ、ちょっとした、いえ大きなもめごとがあり、その後行かなくなりました。

もめごとも片付いて休学し

復学して少し行くようになったのですが、

行くんだか行かないんだかの日々が続き

朝、起きれなくて必須の科目を落とし続け、後がなくなってきました。

いよいよ行けないので、話し合ってお助けすることになり仕事休んで大学まで送ったことも。

これでなんとかなるかと思っていたら

もう始まってたからとか言い教室入らないことや、大学に行っているのに教室行かないでぶらぶらしていたこともありました。

これは朝が弱いとかではなく、行きたくない、講義に出たくないってことなのかとよーくきいてみると、授業の内容もう分かっているから話聞いても仕方ないとか。

「はぁ~?」って口あいちゃいます。

テスト日のはずなのに、やけに帰りが早いときもあり

「学生証忘れてたから帰ってきた」とか屈託なく言います。

さらに、なんとかテストを受けれる出席数の科目のテストも行かないんです。

 

まさかと思うけれど、単位をとるということが分かっていない!?

ガイダンス受けて

メモしていて

時間割作って

そんなはずはないと思うけど・・・

こういうのを世の中では ばか と言うのだろうか

それとも あほ と言うのだろうかと・・・。

 

怒らずに、何度優しくお話したことか。

全部行かなくても休んだ回数分かっていれば大丈夫。

この3つのことは忘れないでと。

  • 3分の2以上出席したらテストを受けれる
  • テストを受けて点数取れたら単位をもらえる
  • 単位を一定以上もらえたら卒業できる。

こういう流れを見ていると思いますよね。

結局は行きたくない、興味ないのよねと

そしたら違うんです。

講義は楽しい、大学に行きたいって泣くんです。

もう、わけわからなかったです。


そうして泣いているのに、学生課からの再三、再十の呼び出しにもなかなか行かない。

私と行こうと誘うと、一緒は絶対嫌とゆずらない。

これを無理やりこちらが押すと、荒れて自罰傾向に走るので無理強いできず。

なのに行かないんです。

ひぇーっです。

わたし病みますこれ。

あー、娘も病んでいるかな。

中退と除籍の違い

中退は履歴書に書けるけれど、除籍は大学に通っていたことを証明することができなくなること。

籍がないんですから。

中退にできたら今の単位も生かせるときがあるね、と娘と話し合いました。

 

何のための話し合いだったのか

除籍にならないために退学届を出すための面接や書類提出することがほんとにたいへんでした。

締切過ぎても、このときまで行けばなんとか間に合うというそのぎりぎりの時間にも遅れそうで、息子が娘を大学まで送っていき間に合いました。

辞めるのが嫌だった、でも行くのも嫌だったのでしょうか。

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200 DegreesによるPixabayからの画像

 

結局手続きは本人がしましたが、そんなことにこだわらずに全部こちらでやればよかったのかもしれません。

でも、できると思って。

そして自分で考えて歩んでほしかったから。

 

現実と向き合うのを避け続けていたのでしょうか。

学生課が怖いのかと思うと、行ってゆっくり話ができた後もまた避けていました。

 できない自分への罪悪感が強かったのかな?

こんなんなのに、

いえ、こんなんだからこそ、自立したい気持ちは強いのです。

自分にできること、していることがイメージできていないのに。

いつもできそうもない計画をして、

できなかったときは全部自分自身のせいにしていたようにみえました。

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もし不登学の理由になるものがあるとしたら二つ

ひとつはHSP

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・・・今度こそ、近いうちにHSPの実際と思えるところをまとめます。

 

そして、もうひとつ知的なアンバランスさ。

極端に低いわけではなく、記憶力や思考力が落ちているわけでもないけれど、

得意不得意が大きめの娘、分かっているようで分かっていないこと

その逆に分かっていないようで分かっていることが多いです。

娘にとってのちょうどよい関わり、ちょうどよい助けを受けにくいかな。

 

親のぐるぐる思考はまだ続く

今まで何度も書いていますが

娘自慢すると、簡単に騙されそうだけれど

一緒にいると安心できる人に育ちました。

発達に偏りあるからこその優しさではないかと感じています。

 

本当なら大学を卒業する時期です。

中退をどう思っているのでしょう。

あと10年ぐらいしてから聞いてみるのもいいかもしれないと思います。

そのころは、今より自分の言葉で発信できるようになっているかもしれないし。

私も今度こそ、焦らずにそのままの娘を見ていこうかと。

できるかな。

あー、でも、彼女仕事辞めたあと、生活乱れるだろうな。

私も崩れ方ひどいからよくわかります。

私の娘ですし。

とりあえず取り越し苦労はやめといて、そのとき考えるのがいいとは思っているけれど

 

先に、スムーズに失業時期を乗り切れるよう、今から何気なくサポート体制にはいったほうがいいかな。

私のいうことなんてきかないから

何気なく何気なく・・・調子のいい今のうちに

そうして、また不登校のときみたいに私がぐるぐる思考になりませんように。

*1:病気や経済的な理由以外で年間30日以上休むこと