5人これから

こんな子育て、こんな家族がありますいう話。

コミュニケーションを取るしつけ 

結婚以来、年末は、ほとんど実家に帰り親族と過ごします。

いつからか、みんなでバイキングに行くようになりました。

今でいうビュッフェ 。

いつのまに呼び名が変わったのか。

「ビュッフェ」と「バイキング」 - 違いがわかる事典に書いてありました。なるほど。

子どもにあるあるなのですが、せっかくいろいろな物を食べれるのにカレーとアイスだけで満腹。あとは待合コーナーにあるマンガ読みに行き戻ってこない。それが許されるのは何歳までなんでしょう。

しつけのできないわたしに育てられたからなのか、しつけを受け止められないタイプの子たちだったのか。

長男が高校のころ、皆でビュッフェに行くと、食べるものはカレーとアイスだけではなかったのですが、親族との会話をしょうという様子はなかったです。皆と一緒にいてねとお願いしましたが、なんで? という様子でした。

 

 ビュッフェ

家族旅行、ビュッフェ、一足先に食べ終わった長男に
夫:「部屋に戻っていいぞ」
わたし:「えー戻っちゃうの? 淋しいなぁ」

長男:にこやかに去っていく

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これはイタリアンのビュッフェ

夫が料理をとりに行き離席中

わたし:「うちさぁ、いっつも食べ終わったらすぐいなくなるでしょ。それなのに、皆と過ごそうと気を利かして座っていてくれたんだよ、にいちゃん。お父さんそういうのなんとも思わないんだよね。」
娘:「お父さんなりに気を利かしたんでしょ」
わたし:「そうなのさ。その気の利かし方がね。~そういう時間作ろうとかは思わないんだよね」

あの長男が、空気読んで皆と一緒に過ごそうとしていた。これ感動ものなんですが、ここ強めたかった! 惜しかった!

そんな母親の魂胆を、娘に理解してちょうだいなんて、愚痴愚痴と、過ぎた思いですよね。

夫婦のずれ

でも、わたしが気にしていること、夫は気にしていないです。

言わなきゃ分からないけど言ってもわからないし。

予想していなかったので段取りしようもなく、完璧主義的な「おー! いまここ強化!」なんてこと打ち合わせなくできるはずないです。

男性脳のためか、もし、わたしが「皆で一緒に過ごすことを大切にしたい」などと言うと、急にそれを解決しようとする。

わたしの言うこと意外に重く受け止めてくれて、「〇〇しなさい」と子どもに伝えるか、そんなの無理だとマイナスオーラいっぱいでわたしを責めてくるか。

やってくださいと指示やお願いしたつもりはないのですけど。

〇〇の気持ちで、さりげなくやってみましょうか、なんておぼろげなこと伝わらないです。

こういう夫婦の取り違いからくるもめごとが頻発するのが家族旅行!

しつけ

以前、外食に行ったお店で、近くに座っていた母子のことを思い出しました。

食後にだるそうにしている5歳くらいの女の子に
「食事の時間は皆で会話を楽しむ時間ですよ、できるでしょ」と。
わたし、そういうこと教えたことある?

子どものアレルギーと経済的理由から、我が家は次男が小学生になるまで、外食に行くことが皆無でした。

唯一いっていたのが、実家に行ったとき連れて行ってくれる「バイキング」。
行きはじめたのは、次男が2歳くらいのとき。

アレルギーがひどかったので、食べることができたのは果物と野菜類。ごはんは、アレルギー米で作ったおにぎり持参しました。目移りしてかわいそうなんですが、食べれるのがあるので親は楽でした。

4歳ごろには家ではアレルギー食。外食は解禁にしていました。と言ってもこの親族での集まりぐらいなのですが。

 

よく食べる子で、家でもたっくさん食べていました。

日ごろの抑圧から解放される瞬間なのか、バイキングでは、さらによく食べます。

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食べ過ぎてもまだ食べて。こんなときは好きにさせようと、ストップはかけません。

料理を取りに行くとき走るので、それは注意していたのですが、取りに行く途中で嘔吐。もどした量からいって走ったせいだと思いました。その後、走らないように特に気を付けましたがまた吐きました。今度は食べ過ぎ?

次にまた親族でバイキングに行ったときは、事前にがっつり言い聞かせ、走らない、食べ過ぎないよう気を配りましたが、また嘔吐。量は少ないのですが、あり得ないですよね。一応走らず早歩きぐらいでしたが、これでもだめだったかという感じで。

わたしの両親、直接わたしには言いませんでしたが、あきれていたはずです。そのほかにも、しつけできていないと陰で言われいたので。

その後は、バイキングに行きそうなとき、また吐いたらどうしようと思いつつ、ありがたいことに親は誘ってくれるし、わたしたちも懲りずに行こうとするんです。

今度こそと、行く前から言い聞かせ、行く直前にも店で走らないこと、口に物が入っているときは座っていることを言い聞かせ、到着するまでは車中で何を気を付けるか復習。

こんなしつけ? はしたのですが、皆で楽しく過ごすなんて高度なレベルを諭した覚えがないです。

まさに動物的・・・! というと動物に失礼で、一気に食べて食べ終り、本が置いてあるコーナーに行きひたすらマンガを続むという・・・そのときにやりたいことを満たし続けている子どもたちでした。

この点、娘はまだこの成長段階にいるかもしれないです。

長男がOKなことを、下の子たちには「だめ」とはできず。長男は本を読まずに、その場にいることは苦しいように見えました。それでも、そこにいさせるべきだったのか。

そもそも、コミュニケーションをしつけるって、それができるなら自閉スペクトラム症じゃないですね。

ここで、しつけについて、「自己弁護と子どもを守り過ぎ」と受け止められることを覚悟で、思いつくことを。

  • しつけのスタート内容はどの子も一緒ではない
  • しつけができるところとできないところは子どもにより違う
  • しつけをする人が、子どもにどこまでを求めるかは良くも悪くも習得に影響する
  • しつけをする人への周囲の態度は、しつけ内容に影響する

これらは、ヴィゴツキーのいう「発達の最近接領域」を参考にすると分かりやすいとわたしは思います。

発達の最近接領域

学校教育での話です。

助けがなくても自分で解決できることと、集団の中での模倣や助言で解決できることとの差の領域のことです。

この発達の最近接領域は人により違います。

今できていない子が何人もいるとして、その子たちそれぞれ、できないというのは同じですが、働きかけ次第で大きくできるようになる子、そうではない子、いろいろなのです。このちょっとした関わりや持っていき方で、できたとキラキラする子どもの姿って教育者にはたまらない瞬間だと思います。

これ、親にとってもたまらない瞬間。

この発達の最近接領域を勝手にしつけの話に応用すると

「同じ関わり方をしても出きるようになる子とそうではない子がいて、その子によって、どの働きかけだとすんなり入るかが違うときがある」とわたしは思います。

まとめて言うと、パッと見では分からないのに、しつけができていない親、ものわかりが悪い子などと、簡単に言えないということです。

だからこそ、周りの人が親子を責めずに、子どもの理解を助けれるよう、関わられても親が嫌がらないような安心できる関係があるといいなぁと思っています。

わたしのしつけ

わたしの場合はもう必死で、でも、できていなかったと思います。

「私自身の未熟さはもちろんあるけれど、未熟じゃない母親なんでどこにもいないし」と今は開き直っていますが、当時、周囲の視線は痛かった!

でも、近所にちょこっと優しい声をかけてくれる人たちがいました。

寝起きの悪いうちの子たち、車で寝ると降りるときいつも大泣きで、わたしはいつものことで慣れっこになっていたけれど、まぁほんとにずーっと泣いているわけで、このときは娘です。家に入ってからもずーっと。

近所迷惑と思った方もいたと思うのですが、名前も知らない年配の方に「いつも頑張っているね」「泣いている子をあやし続けるなんてなかなかできないよ」「立派なおかあさんだよ」って。子どもが泣いていないときに声かけられました。

見られていたとは気づきませんでしたが、思い出すだけで涙が出ます。

もちろんその逆もあります。

特に小学校1、2年のころは、同年代の母親から、しつけが悪い、しっかり怒っているの? 

3、4年からは、不登校で道路で遊ばせるなんてどういうこと? 母親がにこやかなのが許せない! 

こんなかんじで電話や面と向かっての苦情がありました。

あっ、長男が2歳のころ都会の公園に行ったときに、砂場で数人の親からおもいっきりしかとされました。砂をサラサラさせて遊んだせいだと思います。そんな高いところからではなくて、わたしとしては許容範囲でしたが、わたしの価値観のずれなんでしょうね。うちは田舎向きの一家です。ん? 田舎もだめだったか。

親の愚痴を子どもに聞かせるのはどうなの?

親が子どもに言う愚痴は、母親が父親に満足していないというメッセージで、女の子の将来の幸せ感、充実感を低くするとか、
親が愚痴って下ろす重荷を子どもが背負わせるとか

愚痴の悪影響はたくさん言われています。

わたしも大人になってから、ときどき母親の愚痴を聞いていました。
母親もたいへんだろうからとか、なんとかしてあげたいと純粋に思ったりとか。

うちの娘はもめごとを見るのが嫌で、そして、わたしの助けになりたいと思う気持ちがあって聞き流しつつきいてくれます。

同年代の子の愚痴もふむふむきき続けているときあります。

娘が気付いているかどうかは分かりませんが親の愚痴なんて好んでききたいわけないですよね。

無理なポジティブ転換は向いていない

愚痴は愚痴を呼ぶし、言うのやめたほうがいいかな。

でもねぇ、言わずにいられない。

愚痴を無理してポジティブ転換するのも嫌で、いやなものは嫌なのよ! と、どっぷりネガティブに浸り

「いやだー、むかむかするー、やめてよもうー」と喚いたほうが、わたしには合っていて、尾をひかないです。

そこから這い上がっているなら、けっこう強靭な精神力を持っているといえるかも。

これ不器用ではあるけれど、逃げずに向き合い、常に精神を鍛えている感じするんですけど。

這い上がれるならですが。